ボウボウワの哲学

あたしなりの哲学を考えてみた。
(笑)


その人がしてもらいたいことを忠実に黙ってするのが人助け。
そこに自分の意見を足してしまうと、おせっかい。


感謝や尊敬を得る人は感謝や尊敬を求めない。
なぜなら、その人の行動は自分の意思で動いているものだから。
相手に求めることはない。


強靭な精神は誰もが持てるもの。
持ちたいか持ちたくないかは、本人の意思。


その人を変えるのは、その人だけ。
誰かを変えようと思うなら自分を変えるほかない。


出来ないではない、する気がないのだ。



それは無理だと言ったらもう無理だ。
やってみるかと言ったらそこですでに一歩前進。


出来ないことはない。
ただ、向き不向きはある。
だからといって、楽しむ楽しまないは本人次第。


自分の人生どう進むか、それは周りではなく自分自身の気持ちからの一歩である。


「感謝しなさい」と、人に強要する人は、人に感謝ができない人だ。
感謝とは人から言われてするものではなく、自分が感じてするものだから。
感謝のものさしは、その人だけのもの。


自分の人生に無駄はない。
良いことにも悪いことにも意味がある。
その意味を、汲み取るか汲み取らないかでまた、人生新たな帰路に立つ。


良いことよりも辛いことの方が大きく見える。実際は同じ。


相手を幸せにしたいなら、自分がまず幸せになること。
自己犠牲、それは周りも犠牲にする。


自分勝手、人に迷惑をかけないならば大いにすればいい。
それは、自分に勝つための「手」なのだから。


親は完全な人間ではない。
それを認めてしまえば楽なもの。
失敗した背中を見せるのも必要なこと。
失敗から立ち直る背中を見せるのは、何よりも大切なもの。


孤独、それは自分自身が生み出している。


権利は主張しないと消滅する。
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by mummy71 | 2011-05-24 07:16 |