2007年 02月 07日
家族 妹編
今でこそ仲がいいが、私は昔妹が嫌いだった。
6年間一人っ子で育った私、にいきなり妹ができ・・
それも体が弱い。
もう、両親は、彼女に付きっきりだったのである。
意地悪もいっぱいした。
親の見ていないところで、つねったり・たたいたり、そんなのは日常茶飯事だ。
ご飯の時間には、母が席を離れた 隙に、カレーに牛乳をこぼして、母に「妹がご飯で遊んでる」と、告げ口し母に怒られる妹を横目で見て楽しんでいたのである。
なんと、性格の悪い姉なのであろう。
しかし、そんなことはひとかけらも覚えてなく、姉を慕ってくれるかわいい妹なのだ。
が、彼女はかなりの変わり者なのだ。
そして、美食飲家である。
昔から頭がよく、スポーツもできた。
小学校のときは、そろばんの全国大会で3位になった。
そろばんは、私が初めにはじめたにもかかわらず、私は3級どまり・・・彼女は段を持っている。
そしてピアノ・・
私が習い始めたら、彼女もまねてしはじめて、中学の頃にはピアノの先生に音大付属高校を勧められるほどの腕になっていた。
ちなみに私は、バイエルでやめた。
テニスは、高校のとき県大会にいった。
ちなみに私はテニス部のマネージャーを3ヶ月で辞めている。
と、にかくなんでも私よりできるのだ。
しかし、中学のとき、そんなピアノの先生の言葉など耳もせず
”私はF1のピットクルーになる!”
と、工業高校に入ったのだ。
そして、部屋にはF1のポスターだらけとなった。
そして、高校を卒業する間際に
”私担任の先生と結婚する!”
と、いきなり爆弾発言!
親同士の顔合わせも終わりほっとした矢先に
”やっぱりやめる!”
と、さらり破局。
そして、就職先は大手会社の子会社で、原子力発電所を設計する会社に入り製図を書いていたのだ。
若くして、いろいろな地方にいき、手厚い接待を受けているうちに、美味しいお酒や地方の物産品に詳しくなり・・・・・・・・・今は、美飲食家になっているのである。
そんな妹も、30になりこの間籍を入れた。
そのときの一言が
”今年彼大殺界らしいのね。細木数子によると殺界の年に結婚すると99%の確立で離婚するらしいのよねー”
と、明るくいいのけたのである。
私には、ひとつ忘れられない事柄がある。
あれは私が小学6年生の時、クラスでいじめにあっていた。
ある日家に帰って泣いていたところ、妹が”どうしたの?”と私に聞いたのである。
私は”クラスのみんなが私を嫌いなの”と泣いた。
妹は
”みんなが嫌いでも私はおねえちゃん大好きだよ。”
と、笑顔で言ったのである。
私はその日から、学校に行くのが怖くなくなったのである。
まだ、幼稚園の妹に、何があったのかわかるはずがない。
純真に私のことを、姉として慕ってくれて言った一言なのである。
もちろん、妹は”そんなこといったっけ?”と、しっかりそのことも記憶から消されているのである。
by mummy71
| 2007-02-07 13:50
| 家族ネタ