あんた何様?

こちらは、2月12日と13日の続きです・・・・あしからず!

社会人になって、はじめの会社は、とーーーっても暇な会社でした。
経理と言うのは名だけで、便所掃除と台所掃除、そしてお茶くみ、弁当注文に明け暮れる毎日でした。
このままでは・・・・と、転職に踏み切ったのが、なんと大手一流会社「Sony」だった。
そこでの面接で

「何か質問はありますか?」

と聞かれたときに、

「忙しくて死にそうなくらい仕事させてもらえるんでしょうか?」

と訊いたのが、印象に残り、筆記は今ひとつだったのですが、次長に気に入られ採用!

なんせ、暇で死にそうな会社に勤めていたので、同じ死にそうなら忙しくて死にそうな方が、あたしには幸せなんです。

しかし、あたしの人生そんな簡単に行く分けない・・・・

初日、業務を教えてもらう先輩に

「1度教えたことを2度までは聞き返しても何もいわないわ。でもね、それ以上は教えないから!メモして覚えなさいよ!」

と、厳しい一言・・・・
ひょえーーーー!怖い!

そして、業務は始まった。覚えることはたくさんあるある、もう必死でした。
しかし、そんな必死なあたしに、先輩も少しづつ好意を持ってくれて、仕事が終わると飲みに行く仲になっていた。

部署の業務の課長とは、なんせ若くて血の気が人の100倍も多いあたしは、ぶつかりまくりで、しまいには、資料を投げつける喧嘩をしてしまうほどだったが、なぜか大事にはならず・・・
月一で必ずその課長は、あたしたちを連れて飲みに行くのだ。
そして、その酒の席で、お互い言いたいことを言わせてくれる人だった。
あの時は、まだあたしの経験が浅く、変な上司としか思わなかったが、今考えると後にも先にもあんなに人を上手に使う上司はいないだろう。
そして、私たち部下をとっても大事にしてくれていたのだ。
普通の会社なら、あたしなんかは、とっくに首になっていたかもしれない。

これが、勤めて2年半目・・・・部署の拡大と共に新しい上司が来たのだ。
こいつが、かなり癖の悪い奴で、部署の拡大で事務員の数が倍になり、席順を決めるときに、
新しい上司が、営業の人に囁いてるのを、あたしの後輩が聞いてしまったのだ。

「おい、島田!お前の担当の事務員は可愛い奴にしてやるからな!ブスとの仕事はいやだよなぁー。オレのチームはみんな可愛い女で固めるつもりだから安心しろ!」

とのことだったのだ。もちろん、その後輩は、新しい上司のチームからははずされ、旧課長チームに入ったのだが・・・・・

「あたしが、ブスだからとかそんな理由でチーム分けをするなんて・・・」

と、トイレで泣いていたのだ。

ひょえーーーーーブスだから・・・・・・・・・033.gif

この言葉を聞いてあたしが黙っているはずがない。
(ちなみにあたしはどっちのチームだったか覚えてません!)

あたしは、すぐさま営業所取締役秘書(エリアの一番偉い人の秘書)に連絡をして取締役にすぐ会える様に頼んだのだ。
そして、そこで今回のことを全て話して
「セクハラです!」と取締役に訴えたのだ。

ここから、あたしが会社を辞めるまでのいじめが始まることになるのだった。

もちろん、取締役に呼ばれた新しい上司は「給料減給、夏のボーナス差し押さえ」という厳しいバツを会社から与えられたのだった。

あいにくにも、私たちの今までの上司よりも新しい上司のほうが、力が強く、前からいる課長は
「お前、なんでオレに一言そうだんしてくれなかったんだ・・・この先、お前に何かと矛先が行くぞ。」と言われたのだった。
できるだけのことはしてやると言ってくれたが、彼にもどうしようもないのがこの、日本社会の縦社会なのだ。
そこからあたしは、ねちねちといじめられることになった。
小さな失敗も、フロアーに響き渡る声で、まるで会社の倒産に関わるかのように怒鳴られる、もちろん大事な仕事は絶対にまわさない。
見るに見かねた、以前からの課長が、あたしを経理に回してやると言ってくれたのだ。
経理の仕事は、今あたしのしている仕事より正直出世だった。
しかし、逃げたくなかったあたしは断わったのだ。

あたしの仕事は、電気店に卸す品物を受注を受けて発注をする仕事だったので、電気店の人ともよく話をしていた。
商品の入れ替わりの激しい、ビデオカメラなどは、何がどう以前と違うのかさっぱり新商品案内をみてもわからない。
と言われ、あたしが自ら会社から出ている毎月の「新商品案内」から、目玉商品をPickUpして、説明を判りやすく書き直し、それにつく別途付属品なども書き出し手書きで「今月の目玉新商品」なるものを作って、担当の店に流していたのだ。
もちろん、それを5時過ぎに月に一度作っていたのだが、意地悪ハゲ上司には
「そんなもの誰も読まない!無駄なもの作りやがって!お前のお遊びに残業代なんか出さないからな!」と言われたのだ。

彼からのいじめから、もうすぐ1年が経とうとしたとき、もう限界が来たあたしは、切れて喧嘩をしたのだった。
そして、「もう辞めます!」と、とうとう宣言してしまったのだった。
そこで言われた一言が、
「お前な、お前の履歴でな、ここ以上の会社なんか入れるわけないんだぞ!この会社にいられるのもミラクルなのわかってんのか!」
と鼻で笑われたのだ。
そして、あたしは
「あんた何様?ただのハゲおやじの癖に・・・・」
と言ってしまったのだ。
そして、辞表を提出したのだった。

辞表を出した1週間後に、なんとSony東京本社のどこかの部署のお偉いさんがやってき、てあたしは会議室へ呼ばれたのだ。
ハゲはやばかったのかな・・・と思いながら会議室に入ると・・・

「この手書きの商品案内を書いてるのは君なのかな?」

と、あたしが毎月お得意様に送っている案内が置いてある。

「そうですが・・・・」

と、恐る恐る返事をすると

「この手書きの案内がここのエリアでかなり評判でね。このアイデアとってもいいし、上手にまとめているよ。東京本社できみの才能を試して見ないか?」

と、ヘッドハンティングに来たのだった。

アホ高校を出て、子供の頃からブスといわれていじめられていたあたしに、初めて日が差した瞬間だった。

しかし、
「せっかくですが、辞表を出したばかりです。」

「次が決まっているなら仕方がないが、そうではないなら辞表は取り消しますが・・・」

「いえ、次が決まってますので・・・」


と、あたしは蹴ってしまったのだ。

次など決まっていない、大嘘だ!見栄っ張りのおたんこなすぅぅぅぅぅぅぅ007.gif

もちろん、その後、あのハゲ課長に呼び出され

「お前あれを断わるくらいの次ってどこなんだ!」

ときかれたのだが・・・

「あんたに関係ないでしょ。ハゲには教えない!」

と、ハゲ課長を後にしたのだった。

こうして、あたしの人生で、最初で最後の光は去っていった。

そして、3週間後、送別会を開いてもらい、無事、退職していったあたしであった。
もちろん、送別会の2次会に参加しようとしたハゲに

「あんたね、あたしの送別会なの1次会出席できただけでもありがたいとおもいな!2次会出席しようなんてずーずーしいこと考えるなよなハゲ!帰れ!」

と、大人気ない復讐をハゲにするのを忘れないあたしであった。

こうして、この1年後あたしはニュージーランドへワーキングホリデーとして行く事になったのだ。

ちなみに、もう一人の課長とは、つい7年くらい前まで年賀状のやり取りが続いていた。
今は出世して、東京本社で働いているはずだ・・・

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by mummy71 | 2008-02-15 18:28 |