風邪

上の息子から風邪をもらった。
子供たちは、鼻をたらして、その鼻水を「ちゅうちゅう」と、なめながら元気に走り回っているのに・・
私だけ死にそうだ。
子供の菌は、ものすごく強烈なのだ。

仲の良いお母さん友達から、電話が来た。
彼女の娘さんが、やはり病気で、なんでもその菌をもらってしまい、彼女も下痢が止まらないらしい。
彼女は、もうその症状が3日も続いていて、3kgも痩せてしまったらしい。

私は、昔から病気でも、食欲が落ちなくて、食っては寝て食っては寝て・・で、病気になると逆に太るくらいだ。まったく・・強烈な菌はもらうし、太るし、では踏んだり蹴ったりだ。
あー一度でいいから
”風邪がひどくって3kg痩せちゃったの。”
と、かわいく言ってみたいものだ。
こんなに喉がいたくってつらいのに、太ってしまったら全然つらい病気だったようには見えないではないか。まったく本当に損な私。

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by mummy71 | 2007-02-27 13:02 | ぼやき

だらだらと・・・

今日はどうも気が乗らない。
なので、ちょっとパジャマのままリビングでだらだら、ごろごろ・・
はっ!と気づいたときは遅かった。

おもちゃのヘリコプターが頭に飛んできて、あごにヘッドバットをくらう。

いつか・・・いつの日か、私にも平和でだらだらとできる朝が来ます様に・・・

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by mummy71 | 2007-02-19 06:38 | ぼやき

いいこと貯金

昔私が病気だったとき、ここ外国でとっても心細かった。
そのときの友人が、毎日足蹴に、仕事の後私の所に通って夕飯を作ってくれていた。

当時、日本食材は、かなりたかかったのに、病気のときは自国の食べ物がいいでしょう!」と、毎日、日本食を作ってくれた。
そんな友人に、元気になったお礼を兼ねて、お金を渡そうとした。
そのときに言われたのが、

”私がしたくてしたことだし、困ったときはお互い様!
あなたが、お礼をしなくても、どこかで自分が困ったときに、必ずもどってくるから・・
私はそのための”いいこと貯金”をしているの。
だから気にしなくていいよ!
今回、私がこうしたのも、あなたが今まで人にしてきたことの”いいこと貯金”から、だから自分にありがとうだね。”

と、いわれたのだ。

”いいこと貯金”そういえば最近してないな・・・

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by mummy71 | 2007-02-18 05:08 | 泣きたい人用

やさしい

”やさしい”って難しい。
人によって”やさしい”って違う。
その人が欲しい”やさしい”をあげなかったら、それは”やさしい”にならない。

ただの、自己満足や偽善。

だから、一歩立ち止まって、考えて、その”やさしい”ができたら、ほんとうの”ありがとう”になる。
そんな人になりたい

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by mummy71 | 2007-02-18 04:53 | ぼやき

さるマネ君

うちの上の子は、2歳半になるが、まだ言葉があまり出てきてない。
うわさによると、バイリンの子は言葉が遅いそうだ。
でも、自然と日本語と英語を使い分け話すようになるそうだ。
なんてうらやましい話だろう。
そして、ある程度大きくなると
”ママは英語が下手だから話すの面倒だからいや!”
とか、言われてしまうそうだ。

あんたいったい誰のおかげで・・

と、わなわなと来るようなセリフを平気で言ってしまう・・・子供とは残酷である。

それはさておき、最近それなりに言葉らしいものをさるマネするのだが、これがこっまった君なのである。
人に物をもらったら”ありがとう”というのは、当然、初めに教えるべき言葉だ。

もちろん私も
”ほら!ありがとうは?!”
と、けしかけるのだが、もちろんその言葉どうり
”ありがとわーー!”
と言うのである。
”違うでしょありがとうでしょ!”
と、いうと
”ありがとーでしょー”
と、さるマネ・・・

そして、
”ごめんなさいでしょ!”
と、悪いことをしたときに言うと、手を頭の上に持って、自分の手で頭を押しながら、お辞儀をするのである。
これも、私がまだ言葉を話せないときから、頭を押して”ごめんなさい”を、させていたからそうなったのだ。

まるで、猿回しのサル状態。

こんな息子も、もうすぐうるさいくらい話し出すのだろう・・・と、思うと「しばらくこのままでいいかな。」と、ちょっぴり思う母であった。

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by mummy71 | 2007-02-15 10:45 | 子供ネタ(結構笑える)

家族 母編

さて、残るは母である。
多趣味で、昔からよく習い事をしていた。

私の記憶をたどると、ヨガ、中国語、ソシアルダンス、陶芸(これは現在進行形である)、パンフラワー、カラオケ教室などに通っていたような気がする。
私の母なので、ほとんどが三日坊主である。
ソシアルダンスの時はひどかった・・・

ある日、学校から帰って来たら、家の中からものすごい音がする。
恐る恐る家に入ると、母が「一人ずもう」をとっているのだ。
何事かと母に声をかけると・・・・・・なんと「ダンスの練習中」であった。
あれなら、まだ、トドが踊っているほうが、さまになる。
と、心の中でつぶやいた私であった。

しかし、そんな母にも特技がある。
”絵”である。
母の書く絵はものすごく暖かく、すばらしい絵を描く。
これには、脱帽である。
本人は、へたくそ!と、いっているが、
”上手になったでしょう?”
と、いわれ見せられた、数々の趣味に比べたら月とすっぽん。

そして、料理の腕前もかなりの腕前だ。
母の料理はとても美味しい。

しかし、母が掃除が下手なのと、物を捨てられないくせに拾ってくる父とで、家の中はまさに、「毎日が粗大ごみの日」と、なっている。

妹と私は、母と父が亡くなったら、
「ここの資産価値よりも、このごみを処理するほうがお金がかかるのではないだろうか?」
「やはり相続拒否するべきなのか?」
と、真剣に話す今日このごろなのである。

母は気風がいい。
昔、私の友人が家出をして、家に逃げてきたときも、夜中なのにもかかわらず、何も聞かずにとめてあげ、次の日には、母の”がんばりなさいね”という書置きと、おこずかいがそのこにおいてあった。

他にも、私の友人と、手紙交換をしていた時期もあった。

自慢の母である。
しかし、なぜ母が父と結婚したのかは、いまだにわからない。
母いわく、今は某警察署の所長さんになっている人と、昔お付き合いしていたそうだが、結婚は断念したそうだ。
理由は・・・・・・・・母の足首が太いからだそうだ。

私の母はそんな姉御肌、芸術肌の変わり者の母である。

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by mummy71 | 2007-02-09 11:02 | 家族ネタ

家族 父編

家の父はまさに星一徹だ。

頑固親父で、ちゃぶ台をひっくり返すのなど、日常茶飯事だ。
そして、かなりの豪酒でもあり
”お父さんが死んだら、命日には水ではなく、酒で俺の墓を洗ってくれ!”
と、言ってしまうほどなのだ。
そして、ヘビースモーカーでもある。
妹が、重度の喘息もちにもかかわらず、発作を横目に少しはなれたところで、たばこを吸っていた。

私が子供のとき、父がお酒を飲んで、夜中に帰ってくるなど・・・よくあることだった。
たまに、土産を片手に気分良く帰宅しては
”おーい!娘たちよ!おとうちゃまのお帰りだよー”
などと階段をたたいて、私たちをおこすのだった。
そこで
”お帰りー”
なんて、起きてきたときには
”おまえら!何でこんな時間まで起きてるんだ!”
と、父の怒りに触れるのである。

小学校の時に、父から補助なし自転車の乗り方を教えてもらっていたとき、父が
”こんなこともできるんだぞ!”
と、後ろを向いて自転車に座りこぎ始めたのだ。
”すごいすごい!”と、拍手を送ったが最後、その日は私が自転車にまたぐことは、2度となかった。

剣玉を、お土産に買ってきてくれた父が、私たちに技を披露してくれた。
簡単なものから難しいものまで・・
が、結局その日は、私たちが剣玉を手にすることはなかった。

そうなのだ、家の父は子供なのである。

去年、父が始めて孫にあった。
下の子が生まれたときに、母とたずねてきてくれたのだ。

NZの私の家では、もちろん家の中は禁煙なので、たばこは外、新生児がいるので家はつねに暖かく保っていたので、ドアの開け閉めにはうるさかった。
今まで、うちでは常に自分のやりたい放題だった父が、ここにきて私にやることなすこと、ことごとく文句を言われるのだ。

1日目にして”もう俺は帰る!”と、母に愚痴をこぼし
2日目にして、私と大喧嘩したのである。

そして、3日目、私がいくらあやしても、ミルクをあげても泣き止まない下の子にイライラしていた。
母が代わってくれたのだが、泣き止まず。
もう、私はヒステリーを起こし始め、上の子に八つ当たり状態だった。

今まで何もしなかった父が
”なんだ!!!しょうがないなお前たちは!貸してみろ!”
と、下の子を抱っこしたのである。

家の父なんかに、子供の面倒など見切れるわけない!
と、思った矢先に下の子がおとなしくなった。
偶然と、思ったのだが、それからもなぜか父が抱くと泣き止むのだった。

その日から、もう父は孫に骨抜きにされたのだ。
夜も父が、「添い寝をする」と、いって少しでも泣くと
”どうしたー”
と、いっては起き面倒を見る。
昼間も孫が起きているときは、付きっ切りなのだ。
”はいはい!!じーちゃんですよー”
と、私たちが見たこともない父になっているのだ。

孫とはなんとも偉大なものである。
私は、これからもこの秘密兵器を片手に、父と戦っていくつもりである。

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by mummy71 | 2007-02-09 05:39 | 家族ネタ

家族 妹編

以前もはなしたと思うが、私には6つ離れた妹がいる。
今でこそ仲がいいが、私は昔妹が嫌いだった。
6年間一人っ子で育った私、にいきなり妹ができ・・
それも体が弱い。
もう、両親は、彼女に付きっきりだったのである。

意地悪もいっぱいした。
親の見ていないところで、つねったり・たたいたり、そんなのは日常茶飯事だ。

ご飯の時間には、母が席を離れた 隙に、カレーに牛乳をこぼして、母に「妹がご飯で遊んでる」と、告げ口し母に怒られる妹を横目で見て楽しんでいたのである。
なんと、性格の悪い姉なのであろう。

しかし、そんなことはひとかけらも覚えてなく、姉を慕ってくれるかわいい妹なのだ。
が、彼女はかなりの変わり者なのだ。
そして、美食飲家である。

昔から頭がよく、スポーツもできた。
小学校のときは、そろばんの全国大会で3位になった。
そろばんは、私が初めにはじめたにもかかわらず、私は3級どまり・・・彼女は段を持っている。

そしてピアノ・・
私が習い始めたら、彼女もまねてしはじめて、中学の頃にはピアノの先生に音大付属高校を勧められるほどの腕になっていた。
ちなみに私は、バイエルでやめた。

テニスは、高校のとき県大会にいった。
ちなみに私はテニス部のマネージャーを3ヶ月で辞めている。
と、にかくなんでも私よりできるのだ。

しかし、中学のとき、そんなピアノの先生の言葉など耳もせず
”私はF1のピットクルーになる!”
と、工業高校に入ったのだ。
そして、部屋にはF1のポスターだらけとなった。

そして、高校を卒業する間際に
”私担任の先生と結婚する!”
と、いきなり爆弾発言!
親同士の顔合わせも終わりほっとした矢先に
”やっぱりやめる!”
と、さらり破局。

そして、就職先は大手会社の子会社で、原子力発電所を設計する会社に入り製図を書いていたのだ。
若くして、いろいろな地方にいき、手厚い接待を受けているうちに、美味しいお酒や地方の物産品に詳しくなり・・・・・・・・・今は、美飲食家になっているのである。

そんな妹も、30になりこの間籍を入れた。
そのときの一言が

”今年彼大殺界らしいのね。細木数子によると殺界の年に結婚すると99%の確立で離婚するらしいのよねー”

と、明るくいいのけたのである。

私には、ひとつ忘れられない事柄がある。
あれは私が小学6年生の時、クラスでいじめにあっていた。
ある日家に帰って泣いていたところ、妹が”どうしたの?”と私に聞いたのである。

私は”クラスのみんなが私を嫌いなの”と泣いた。

妹は
”みんなが嫌いでも私はおねえちゃん大好きだよ。”
と、笑顔で言ったのである。
私はその日から、学校に行くのが怖くなくなったのである。
まだ、幼稚園の妹に、何があったのかわかるはずがない。
純真に私のことを、姉として慕ってくれて言った一言なのである。

もちろん、妹は”そんなこといったっけ?”と、しっかりそのことも記憶から消されているのである。

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by mummy71 | 2007-02-07 13:50 | 家族ネタ

心の友よ!

私には心の友がいる。

彼女も私をそう思っているらしい。
彼女とは、ウグイス嬢をすることになり、そのときの顔合わせで初めてあった。
お互い会った瞬間から、なぜか昔から知っているように思えて仕方なかったのだが、お互いの共通点が何一つ見つからないのだ。

ともあれ、彼女は私にとって、ものすごい格言の持ち主なのである。

彼女には妹がいて、とにかく小さなころから「美人姉妹」と、いわれ育ってきた姉妹なのである。
なぜか、3人でいると”3姉妹?”と、聞かれ私の心を浮かれさせたのだ。
私は見ての通り小さいころから”ブス!生意気!”と、言われ何かとつまはじきの対象になっていた。
その話を心の友Kちゃんにしたら一言。

”それは不思議だわ。どう考えてもありえない・・!だって私と姉妹に間違えられるのに・・”

と、とても不思議そうに答えるのだ。
いとも簡単に、自分がきれいだということを、認めてしまう彼女なのである。

Kちゃんは、昔別れた彼氏に
”逃した魚は大きかったよ。K・・”
と、後悔の言葉を言われ、

”何を言っちゃってるの!あなたの逃がしたのは魚なんかじゃないわよ!人魚よ!人魚!”

と、いったそうだ。

中学の時には、担任に
”お前の顔とスタイルならC高校(地元で一番レベルの高い高校)に絶対入れるのになー”
と、言われたそうだ。
とにかく彼女はすごい!
確かにきれいでスタイルもいいが、この気風のよさでいやみには聞こえないのだ。

しかし、昔まだ私が元旦那と結婚していたころ、Kちゃんの家族とTVを見ながら
”うわーこいつよく言うよなーこの顔でー”
などと2人で毒舌を吐いていたとき、家の旦那が一言
”お前らそんなこというけど、お前がTVに出ていて、視聴者がお前の顔見て、そんなこといったらどう思うんだ!”
と、私たちに水を差したのだ。

やはり、知らない人でも、悪口をいった後ろめたさがあるので、私はしゅんとなったと同時に、「こいつ何もTVごときで、こんな気まずい雰囲気作んなくても」と、思ったのである。

しかし、Kちゃんは’ぽかーん’と、口をあけ
”何言っちゃってんのよー私のことをそんな風に言う人がこの世界にいるわけないじゃない!いやーねー”
と、さらりとかわしたのである。

世界レベルの気風のよさに、私はお手上げだ。
こんな世界レベルの彼女が、私の心の友である。

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by mummy71 | 2007-02-07 13:15 | Kとあちゃちゃん

プロポーズ大作戦!!

こうみえても、昔、私はここNZでフレンチレストランのマネージャーをしていた。
NZ人や、ヨーロッパから来た若者たちを、あごで使っていたのだ。
小さなワインセーラーがある、なかなかおしゃれな高級レストランなのだ。

そこでは、数々の結婚式などもおこなわれていた。
そして、サプライズプロポーズなるものも、受けていたのである。

もちろん、万全の準備をして、スッタッフとお客様と念密な打ち合わせをして、当日を迎えるのである。

その日も、1週間前から、念密な打ち合わせがおこなわれ、座る席、そしてプロポーズ用のデザートの皿、など用意された。

本日のプロポーズメニューは、まずは、本日ちょっとおしゃれに気取って食事をしてみよう!と、いうことでさ、りげなく、うちのレストランに食事。
もちろん、担当は私だが、大げさな接客はせず、あくまでも普通。
いつものようにオーダーをとり、他のお客と同じ接客をし・・
そしてデザート!
デザートの皿には
”Will you merry me?"
の文字が、チョコレートで書かれているのだ。

さて、私の出番である。
”デザートメニューになります”
と、2人の顔を見てメニューを置く。
彼のほうはかなり緊張している様子だ。
そこで、彼女が
”私もうおなかいっぱいだからいらないわ!”
と、メニューをつきかえすのである。

私は彼と目線を合わせ「ボー然」と、立ち尽くしたのである。
こんなこと、初めてなのである。
彼は、必死に目で私に助けを求めている。

こうなったら押すしかないのだ。
「そうですかーでも、とても素敵なメニューなので、眺めていたら気が変わるかもーアハ!」
と、無理やり置いてきたのだ。
彼女は迷惑そうに私に目線を送る・・・
あーこまった。
とりあえずその場はそれで逃げてきたが・・・
あのテーブルには何かイヤーな空気が取り巻いている。

私はこう見えてもプロだ!プロ根性だ!と、気合を入れてテーブルに向かった。
”いかがですか?デザート食べたくなりましたか?”
と、最高の笑顔で2人に聞いた。
そこで、すかさず彼女が
”私、おなかいっぱいだからいらないわ”
と、断られた。
彼の目線は、私に釘付けなのだ。

目が私に語っている
”なんとかしてくれ・・・・お前プロだろー”
こーなったら押すしかない。

”では、お二人で一緒にいただいてはいかがですか?お客様は、何かお気に召したデザート見つかりませんでしたか?”
と、彼に聞いた。

彼は少しほっとした様子で
”それは、いい考えだ!一緒に食べようよ!何がいい?”
と、元気に彼女に聞いたのだ。

しかし彼女は
”だ、か、ら、私はお腹いっぱいなの!あなた一人で食べれば・・・食べたいなら・・”

と、冷たくあしらわれたのだ。

とりあえずオーダーしてくれ・・・と、私は叫びたかった。
彼はしぶしぶ’クリームブリュレ’を注文したのである。
”ク・・・クリームブリュレ・・ですね。かしこまりました。”
と、注文を受けた私であったが、クリームブリュレとは、簡単に言えばプリンのようなものだ。

そう、あれはそれようの皿に、もうすでに作られていて、最後にカラメライズするのみ、になっているのだ。
それではあの皿が使えない!
しかし、この状態では後に引けない、動揺を隠せないままキッチンに向かった。

キッチンにオーダーを通した。
シェフが一言
”皿つかえねーじゃんか!”
”すいません”
の一言しかでなかった。

しかし、そこはプロ!!
彼は、すぐに店で一番の大皿に、プロポーズの言葉とデコレーションに、ラベンダーの花を添え、その上にそのブリュレの皿を置いたのである。

完璧だ!

そして、私はスプーンを持って、そこのテーブルに向かう。
念のために・・・と、一応スプーンを2本テーブルに置く。
彼女は、もう迷惑そうな顔しか、私に向けてはくれないのだ。

そして、とうとうデザート
”こちら、デザートになります!”
と、彼女の前に「プロポーズの言葉」が、前になるように置いたのだ。

プレートを見る前に、私を見て
”私頼んでないってば!”
と一言・・
もう、ここは苦笑いして、すばやく去っていくしかないのだ。

彼女は、怒りながらプレートを彼のほうに押しだした・・・・・瞬間手が止まった。
やっとやっと気づいてくれたのだ。
長い道のりだった・・・キッチンのシェフも小窓から覗いて見ている。

しかし、彼女は動かない。
何も言わない。
その状態が1-2分続いた。

彼の顔はみるみる青くなり、泣きそうなのだ。

私にはもう何もしてあげられない・・・

スタッフ一同肩を落とした。



瞬間彼女が、
”Oh My・・・・Yes!"
と、言ったのだ。

彼女が泣き出した。
彼も泣き出した。
私も泣き出した。

そして、彼女の指には婚約指輪が・・・
こうして、2人は、幸せいっぱい店を去っていった。

このとき、私はデザートは素直に食べようと、思ったのだが、いまだに私にはデザートを食べる機会が、訪れない。

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by mummy71 | 2007-02-06 06:01 | 泣きたい人用