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本日、朝早起きをしました。
今日は、息子たちとどこにいこうかと頭を悩ましながら、息子に新しいTシャツをきせちょっとスタイリッシュに決めてみました。
その後、すぐ・・・母から船便が届いた。いろいろ入っていて嬉しかった。
息子のパンツを送ってきてくれた。子供用の小さなブリーフ!かえるの絵がプリントしてあってかわいかった。
その、パンツをはくと聞かない息子に負けて、息子にそのパンツをはかせた。
その後、ズボンをはいてくれません。
後を追っかけるのも面倒で、何かその後やる気がでなくて、本当ならこの時点で私がパジャマから洋服にちゃんと着替えていなくてはならないのに、なんか気がのらなくて、その辺にあった彼のジャージをとりあえずはいちゃいました。
これが悪かった・・・・・
こっから今日はだらけまくってしまい・・・結局外には一歩もでずに終わってしまった。
と、終わるならよかったのに・・・3時ごろ、子供たちとだらだらしながら遊んでいたら、窓をたたく音が・・・ふと見るとうちのボスが立っていた!!ぎゃーーーー!!
炊飯器を取りにきたのだ!!
何もこんな日に・・・・おもちゃもかたずける気がなく、足の踏み場もなく・・・私は彼のでかいジャージをはき、本日まだ顔も洗ってない。髪はぼさぼさ・・・
そして、さっきトイレに行った息子たちのパンツをはかせるのも、履きなさい!というのも面倒でフルチンでほおっておいていた息子たち・・・
見られた。あーーーー見られてしまった。
ボスに一言‘坊や達は今日は寒いのにパンツはかないのか??’といわれていた。
苦笑い・・・・・・

そして、夕方友達の電話で、友達が食べきれないケーキを持ってきてくれると言うのだ!
こりゃー大変!ととりあえず、家の中をかたして、子供たちのパンツをはかせてる時に到着!
ジャージ姿の私を見られてしまった。まだ、付き合って日の浅い友達なのに・・こんな汚いかっこしていて嫌わないでね!

私、ジャージはきますが、この彼のものすごくでかい古いジャージなんて、普段絶対はかないんですよ!もう少しまともです・・・
なのに、なのに、こんな日に限って・・・
あー不覚だった。
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by mummy71 | 2007-11-30 18:39 | ぼやき

イギリスのリアルTVシリーズで、イギリスのティーンの妊娠率が、ヨーロッパでNO1ということで、赤ちゃんを貸し出し数日間経験をするという番組だ。
これが、面白い!
とういか、まず、わたしは死んでも奴らなどに自分の子供を貸し出したくない。
もし、1ミリオンなら・・・・うーんUS$なら考えるかも・・・(オイオイ・・)

びっくりすることに、なんと男性の方が赤ちゃんにものすごくアタッチしてるのだ。
その中の一人の男の子は、何よりも赤ちゃんを優先する。自分の睡眠より、彼女よりもだ・・
そして、
‘オレは、ペアリンティングがこんなに大変だとは思わなかった。今は両親に感謝している’
とコメントしていた。ちょっと涙ぐんでしまった1コマでした。
それに比べて、その彼女は・・・
自分は、彼に2番目にされているからと腹を立てて夜中に家出してみたり、彼の話をまったく無視したり、赤ちゃんのことなどまったく考えてないのだ。
とにかく、私は!私は?私は!!!ナのだ。
なんたる、Bitch!

もう一人のところは、両方とも乗り気ではなく・・・彼女は、完璧に行ってしまっている。
赤ちゃんに対し
‘あんたはいったい何がしたいのよ!なくんじゃないわよ!あたしの子じゃないわ!しったこっちゃないわ!’
と怒鳴りまくっていた。
そんなんで、彼が面倒見ざる終えなかった。
そして、コメントで、‘私はね私が一番大事なのよ!’と言っていた。そして、彼に隠れて他の男と電話で連絡をとっていた。なんと二股!
その上、開き直って別に‘奴がどお思うが知ったこっちゃない!’と言っていた。
あーなんたる、Bitch!

そして、もう一人のところは、彼が完璧なマザコンで、何もしない・・・彼女が、あまりにもなにもしないので腹を立ててけんか・・・
赤ちゃんが、彼のひざにしがみついていても無視!ひたすら喧嘩・・・
ここは、子供を置いて彼女が出て行ってしまって、その後を彼が追っていき・・・
あんた!ちょっと!いったい誰が赤ちゃん見るのよ!と冷や冷やした。
馬鹿カップル!

もうひとつのカップルは、両方ともそれなりにいい父母を演じていたが、彼女が忙しさのあまりバースコントロールピルを3日間も飲まず、彼と喧嘩になっていた。
シリーズが終わる頃に、妊娠発覚か??

最後のカップルは、特に何もなく上手にお互い協力し合い3日間終えていた。

さて、来週からは彼らは今度、トドラー(幼児)お預かるのだ。
うちの、息子たちの年頃だ。
予告を見たが、これまたいろいろありそうだ。あーー楽しい!
ちなみに、トドラーの後はティーンを預かる、そして、その後は老人介護だ。
はたして、最後はどうなるのだか・・・

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by mummy71 | 2007-11-29 16:41 | 子供ネタ(結構笑える)

フルチン

本日、TVを見ている隣で息子+パートナーがサッカーをして遊んでいた。
食後にラグビーとサッカーをするのが、日課の彼らだ・・・
私は毎日見ているドラマに釘付けだ・・・
しかし、今日は音声を40にしても聞こえないほど子供が盛り上がってうるさい!
振り向くと・・・・・・・・そこには・・・・・・・・
パンツを下げてフルチンで走っている3人がいた。
パンツをあげて走る彼・・・それを、後ろから追いかけてズボンとパンツを下げておしり丸出しにさせる息子・・・そして、パンツとズボンをひざまで下げフルチンで息子をおっかけ、今度は彼が息子のパンツとズボンを下ろす・・・
それを見て、次男が大笑いしながら自分のズボンとパンツをおろす。
てなことで、男3人フルチンで走り回っている。
アホかこいつらと思いながらも・・・ひざまでパンツとズボンを下げて走り回ってる彼らを見ていたら噴出して大笑いしてしまった。

ちなみに、うちは玄関のドアからリビングまでの壁は窓だ・・大きい窓で外からリビングは丸見えなのだ。
天気のいい夜7時過ぎにこの光景は見られると思うので、お近くのかたはぜひ起こしいただきあい。さてと・・・拝観料は3人でいくらにしたらいいものか・・・
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by mummy71 | 2007-11-28 17:38 | 家族ネタ

スピーチセラピスト

本日、上の子のスピーチセラピストに言ってきた。
かれこれ、4ヶ月前私の体調が悪くDr.に行った時に
‘子供さんたちはいかが?’と聞かれ‘下もようやくしゃべりだしたんだけど、上は言葉が遅くて・・下のほうがはっきりしゃべるみたい’と言ったらDr.が、
‘あら?それは一度専門家に見てもらったほうがいいわね。もう3歳過ぎてるし・・・’と言って、聴力テストの専門家と、スピーチセラピストに予約を入れてくれた。

ここNZは、専門医学が無料だが、順番待ち・・・・4ヶ月まってやっと順番が回ってきて本日i
ってきたのだ。
小部屋に入って書類にサインをさせられ・・・いろいろ質問される。
そして、全ての質問が終わったら
‘そうねーでは、聴力テストをもう一つのほうにも予約を入れてみましょう。大学の中の方が早いから・・研修医たちがいるけど・・気にならないならそっちの方がはるかに早いわよ。’と言われた。
聴力テストも、同じ時期に予約を入れてもらったが、こちらは4ヶ月待って手紙がきた。
‘あなたの息子の場合は緊急を要するものではないから5ヶ月以内にまた連絡する。’という内容だった。
あんた、見てもいないのになんでそんなのわかんのよ!・・あと5ヶ月って・・・全部で9ヶ月待ち??と思っていた矢先だった。
なので、もちろん研修医がいてもおかまいない!さっさと見てもらいたいので当然‘Yes’と言って予約を入れてもらうことにした。
そして、‘スピーチの方は専門のDr.と一度話した方がいいからそちらの予約も入れておきます’と言われた。
‘????’ここは専門医ではないのか?
専門医にかかるための専門医らしい・・・
いったい,ここNZ何を考えてるの?
いくつも、ステップ を踏んで見てもらわないと、本当の医者にかかれない・・・
こんなの、緊急だったらとっくにおっちんじまってるよ。
と、いうわけであと4-5ヶ月待ちまた専門医に見てもらうことになるそうだ。

友達の赤ちゃん5ヶ月が、絶壁頭なのでこっちで頭の形を治すところを紹介されたそうだ。
なんでも、こっちの人はえらく気にするらしい・・・彼女はあまり気にならないが旦那に押されて、この間行って来たら・・・

‘まずは背骨からチェックします。’と子供をあおむけに寝かせて、子供の背中に手をいれて、背中を浮かせて、背中に触らないよう、手を上に徐々にに持っていき、そして頭の形に手をつくり、またしても頭を触らずに何かをしている。
頭の形を治す専門医が言うには
‘気を送ってそれで頭の形を治す’
らしい。
頭に気を送っているとき、赤ちゃんと目を合わせてはいけないらしく、手をかざして目があわないようにする。
友達は、笑いをこらえるのに必死だったと言っていた。
これはドクターでも進められる専門医らしい・・・
はたして、この子の絶壁は治るのだろうか・・・

あーーーニュージーランド・・・なんて不思議な国なんだ。

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by mummy71 | 2007-11-27 08:36 | ニュージーランド

子供とは単純であるし、純粋でもある。
子供の頃、まじないを信じて魔女になるための修行を?していた私だが・・・

あれは6歳の時、小学校から帰宅するときの友達が、私に言った。
‘知ってる?あの壁の穴にお金を入れると増えるんだよ~’
当時良く見る、日本家屋の家の外のコンクリートレンガの塀に模様になった穴があいたところがあった。そこにお金を入れると増えると言うのだ!
もちろん、入れるときにまじないを唱えないといけない。
今はもうどういう言葉か、忘れてしまったが、まじないをとなえて、私は50円を入れた。
そして、次の日見に行ったら、それがなんと100円に変わっていた!
‘本当だ!すごいねー’
と言って、また50円を入れる・・・それを1週間繰り返した。
そして、約1週間後、50円は50円のままで変わらなかった。友達が言うには
‘もう、この魔術はきかなくなったんだよー’と言っていた。
単純に信じてその遊びを止めたが、今考えるときっとあの子が、家に帰ってから100円に置き換えていたに違いない。
自分の小ずかいが、切れてしまいそれ以上できなくなったのだろう。
しかし、なぜいつも50円だったのだろうか??100円を入れたら200円になるはずなのに・・
当時の私には50円の倍くらいしか計算できなかったに違いない。

そして、門限に遅れたときにおこられないまじない。
‘クイックマニマニ’と帰宅する道ずっと唱えると怒られない。
うちの、父はちゃぶ台親父だったので、門限にとても厳しかった。
ちょっとでも遅れると殴られるのだ・・・
もう、遅れたときはこのまじないを、心の底から唱えて帰る。
アラ不思議!?
そういうときに限って父がいなかったり、機嫌が良かったりして怒られないのだ!
うーんこれは単なる偶然か??

もちろん、両思いになるおまじない、テストで100点を取るおまじない、きれいになるおまじない、友達がいっぱいできるおまじない!
たくさんのまじないを唱えたり、儀式をしたりしたものだが、ことごとく失敗した?!

本当、子供のときってとっても純粋なものだ。

しかし・・・いい年して今も実は、魔女になってみたいなーなどとたまに思うこともある。
黒魔術なるものに興味を示してしまう私である。(なぜか白ではなく黒・・・)
そのうち、私が音信普通になったときは、どこか山奥にこもり、魔女になるための修行に出ていることだろう。
そして、みんなの前に、ほうきにまたがり、ある日突然出現するつもりだ!
もちろん美しくて色気のある魔性の女・・魔女になってでてくるつもりなのでご期待ください!

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by mummy71 | 2007-11-25 07:57 |

醜い遺産相続

この間、祖母の話を長々と書きましたが、葬式の後、四十九日の話ですが・・・・
やはり遺産相続がおきました。
といっても、土地は長男に譲渡されていたり、祖母がボケた時点で長男夫婦が田畑を売ってしまっていたのでさほどなかったのですが・・・・・・・・・・
兄弟たちが母に言った言葉は

‘姉ちゃん、ばあちゃんが株券預けただろう。俺たちの取り分ちゃんと分けてくれよな。
姉ちゃんのもらい分は、姉ちゃんの娘たち(私と妹)に買ったお土産やおもちゃ、それとこずかいの分、、千葉に行った時にばあちゃんからもらったお前のこずかいも引いて計算しろよな’


と言ったのだ。
要するに、祖母が生きていた間に母や私にくれた金は自分の遺産から引けというのだ。
本当にアホな兄弟だ!
母はこれにはさすがに腹を立て

‘あんたたち!かあちゃんはね、そんな人ではなかったでしょう!
千葉に来るときには必ずあんたたちの娘や息子にこずかいをおいてきてるはずよ!
長野にいるときは、その時その時にちゃんとあんたたちにもこずかいをやって、孫にだってプレゼントを買ってるはずですよ。
かあちゃんは、誰にでも平等だった人よ!何いってんのよ!
そんなこというなら、あんたたちも自分のこずかいと、自分の子供たちにやったこずかいやプレゼント代いくらかかったかちゃんと計算して私にいいなさいよ!
その分差し引いた後に、平等に兄弟の頭数で株券わけてやるわよ!’


と怒鳴ったそうです。

この間母に、祖母のことを書くから今おじたちがどうしてるか教えて。と聞いたら、
なんでも、自分の母親の姉妹に(叔母たち)こまめに連絡を取ってるそうだ。
長男と次男のところは、年に一度旅行に一緒に出かけたりしているらしい・・・
三男のことはあまりよくわからないと言っていた。
叔母たちを大切にしてるのは、祖母への供養もあるとかないとか・・・・・・
祖母の姉妹たちは、皆金持ちに嫁に行っている。
一人は群馬の大地主である。
もう一人は横浜に邸宅をもつ金持ちである。
祖母は、実家を継ぐために長野に残り田畑を耕していたが、祖母の妹たちは皆良いところに嫁に行って専業主婦をしていた。(といっても昔の嫁なので大変だったとは思うが、祖母が一番苦労してきている)

私には、非情な叔父たちは、ただの金持ちに集まる蛆虫にしか見えないのだが・・・
そうではないのだろうか?

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by mummy71 | 2007-11-24 06:42 | 祖母

ここNZは英語がイギリス英語だ。
私から言わせれば、もともと英語は英国からきてるので、英語なんだからこっちが本家本元と思っているが、日本ではもちろんアメリカ英語を教えている。
なぜ、アメリカと英語が違うのかというと、なんでも大昔アメリカに移民してきた人たちは、アイルランド人が多く、アイルランド訛の英語が、今のアメリカ英語の元になっていると聞いた。
友達の彼に、アイルランドの人がいるが・・・うーん。そうなの?って感じです。
まあー確かに彼の英語は、巻き舌英語のような気がするな・・・

初めて、ここに来たときにホストマザーに
‘荷物をブーツに入れなさい。’と言われたとき目が点になった。
え?ブーツ?どうやって??
これは実はトランクのこと。アメリカでは車のトランクというが、こちらではブーツ(ブートゥ)という。
Boot VS Trunk

エレベーターに乗って‘1階お願いします。’と言ったら2階で下ろされる。
こっちでは、1階は‘G=グラウンド’2階からが1階になる。

Grund VS First Flor

友達がホテルでレセプションをしていたとき、まだ新人だった彼女は電話の応対が大の苦手だった。お客様の部屋からの電話で
‘部屋までクラブを持ってきて’といわれ
‘中身は何がよいでしょうか?ベーコーンとレタス、トマトでよろしいでしょうか?’と答えた。相手は沈黙・・・
これはベビーベットのこと。
こちらでは、コットあちらではクリブと呼ぶ。
Cot VS Crib

こちらでは、消しゴムのことをRubberラバーというが・・・アメリカではイレイサーEraser
イギリスの生徒がアメリカに留学して、‘ちょっとラバーかして!’なんて言ったらコンドームがでてくる。
Rubber VS Eraser

日本でもおなじみのドラックストアー、これはバリバリアメリカ英語、こっちでそんなこといったらマリファナだの、Pだの、エクスタシーだの、扱ってるお店のこと?なんてなってしまう。(そんな店ないけど・・)こちらでは、Pharmacyファーマシー 又は Chemistキャミストになる。
Pharmacy,achemist VS DrugStore

他にも Subway VS Tube 地下鉄、 Elevator VS Lift エレベーター、Nappes VS Diper オムツなどなど・・・・

英語を習うって言ったって、こんなに違ったら・・・あなたはどっちをならいます??

ちなみに、ここNZ独特の言い回し
Tea=Dinner  ティーと言われて始めはお茶?こんな時間に?と思ったら夕飯のことでした。ディナーになるとかしこまった夕飯になるんですよ。じゃー普段はっていうと、なんか行儀悪いですよこっちの人・・・・
寝転がって食べてる人とかいますからね。
なんせ夕飯も夕飯だし・・・ここの夕食の料理時間平均15分だそうです。

Ta=Thanks ありがとう!という意味!これは私も良くつかう・・・バスの運ちゃんとかにターと言っておりてったりお釣りもらったときにいったりと・・・友達同士でも・・

G’day=How are you?グディ!これはオーストラリアもかな。でもってMateもついちゃったりしますよ。グディメイト!なんて握手したらあんたもいっぱしのKIWIだね。

あと笑っちゃうのが、Mouthマウスって言うときに、ミャウスになってるんだよね。
なんか、かわいくて‘口になんかついてるよ’とか言われたときは‘え?なんて?’‘口だよ口!ミャウスミャウス!’と何度も言わせてしまう。
あと牛乳Milkが、モルクとかになってる人がいて始め何いってるのかさっぱりわからなかった。
まあ、これは地方にもよりますが・・・・

ちょっと、番外編の下ネタなんですが、私の友人が前の旦那の叔父さんの家に一緒に言ったときに出された紅茶が‘Black Current Tea’だった。美味しくて友達が、つたない英語で‘これは何ですか?’と聞いたら‘ブラックカラントティーよ’と叔母さんが答えたのを‘そうですかぁブラックカントティーですかー’と英語で答えた。
一瞬目をむき出した叔母と叔父・・そして従兄弟の子供たち・・・
カントとはとても汚い言葉で女性性器のことをいう。
そう彼女は叔母に‘そうですかぁ、黒いおまんこ茶ですかー’と答えていたのだ。
その後、みんな大爆笑だった。

どうですかーーー勉強になりました??

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by mummy71 | 2007-11-23 08:40 | 勉強になるネタ

祖母への手紙~最終話~

知らせをもらい、すぐ家族で長野に向かった。
着いたときは、もう夜になっていた。
居間で、寝ている祖母にすぐに会いに行った。
そこで見たのは、右目に大きな青あざができてる祖母の遺体だった。
‘お母さん!見てよ!これいったい何があったの??’
‘あら、本当・・・いったいどうしたのかしら・・?!’

父は、黙って祖母に手を合わせていた。
私はかなり動揺していた。しかし、母は事を荒立てないように!とだけ私に言い残し、兄弟や親戚に挨拶に回っていた。

この日は、親族通夜のため祖母の姉妹や遠くの親戚など身内だけだった。しかし、祖母の身内もかなり年なので早々と床へとついた。
そして、残るは兄弟と私のいとこたち・・・
そこで、私は口火を切った。
‘ねーいったいおばあちゃんの右目のあざ何があったの?’
‘え?おらーきがつかなっかたなー’という次男・・
‘気が付かないはずないでしょ!あんなに大きなあざ!いったいどうしたのよ!おじさん!’
そこで、長男の嫁が口を開いた。
‘ばーちゃん、ベットから落ちて打ったみたいよ’
‘え?ベットって??布団に寝せてたのではないの?’
‘病院でベットだったからベットに寝せてたのよ。おばあちゃん、ボケてベットからよく落ちてたからね。’

これが、言い分だった。もっと言いたいことはたくさんあったが、母に目配せされ止められた。
母は祖母の葬儀を荒立てたくなかった。せめて葬式くらいは穏やかに終わらせたかったのだ。
祖母のためにも・・・

ベットからよく落ちてたなら、布団に寝せればいいことなど、アホでもわかること!
ベットから落ちたとは言え、どう考えてもあんなあざができるのはおかしい!
しかし、この答えはいまだに謎だ。

そして、叔父や叔母たちは
‘明日は近所の方もくるし忙しくなるからもう寝ましょう。’
と言い残して皆自宅へ引き上げてしまったのだ。
私は、母の顔を見て
‘は?ねえいったいだれがお線香の火を絶やさないようにするの?これってこっちのしきたりじゃないの??’
‘心無い人が残るより、おばあちゃんのことを考えてくれる人が残る方がおばあちゃんもうれしいのよ!いいじゃないの、私たちで見ましょうよ。’

と、その晩母と私と祖母の遺体のある居間で夜明かしをすることになった。

次の日、近所の人が朝早くからやってきて、私と母に少し睡眠を取るようにいってくれた。
そして、仮通夜の日を迎えた。

夕飯が終わると、突然うちの妹が
‘明日テニス部の試合があるの。大事な試合だから電車で帰るから!’
と葬式も終わってないのに言い出した。
私は、疲れと怒りから妹に平手打ちを食らわせ喧嘩になった。
母が止めに入り、泣き叫ぶ私をよそに妹を駅まで送りに行った。

そして、母が送りに行っている間に、酒を飲んだ父が母の兄弟、親戚に向かって罵声を上げていた。私には、何が起こっているのかわからなかった。
父は‘なんで、こんなことになったんだ’と皆を責めていたらしい。
後から、母は親戚の人に‘あんたの旦那は一本気な人だね。’といわれたそうだ。

私のいとこたちも、遅くまで残っていた。みんなで、いろいろな話をしていたら、そこへ長男の嫁が‘あんた夜勤明けなんだからもう寝なさい!’看護婦をしてる次女に言った。
たった、一日くらい寝なくても死にやしないし、彼女は当時27くらいだったはずだ。まだまだ、寝なくても体力のある体だ。まして、看護婦をしてるんだから・・・
と思ったのもつかのま、さっさと自宅へ帰ってしまった。

もう一人の娘は、3ヶ月の赤ちゃんがいるということで、母屋にろくに顔も出さない。
別棟の方で、休んでいるのだ。
そんなんなら、わざわざ横浜から出てくることもあるまい。3ヶ月の赤ちゃんなんて丁度3時間おきに乳をやるんだから、母屋で線香見ててもいいだろうが!

そして、次男の長女当時19歳くらいだった。それに向かって次男も
‘お前も疲れたろう・・・遅いから帰れ!’そして、高校生の息子にも‘ねえちゃんと一緒に帰れ!’といって子供たちを返すのだ。
いったいなんなんだこいつらは?
そうかと思うと自分たちもさっさと自宅に引き上げてしまった。

こうして、また私と母だけになってしまった。
さすがに、千葉から車で出てきてその上にその晩は睡眠をろくにとらず、そして、仮通夜・・・
みんなへの挨拶などなどの疲れから、母も明け方には居間で寝てしまった。

こうなったら、もう私一人ががんばって線香の火を絶やさないよう見ているしかない。
いくら21歳とは言え疲労から眠気がくる。
何かいいアイデアはないかと、考えに考え、祖母に手紙を書くことにした。
今は、どんな内容を書いたのか覚えていないが、お礼とおばあちゃんにたいしての気持ちをかきつづったのだと思う。
それは、便箋4枚にびっしりと書き込んだ最後の手紙だった。

そして、翌日葬式も終わり出棺。
たくさんの小銭(三途の川を渡るときに必要だとか・・)、短剣(身を守るために使うそうです)
身の回りのもの(入ればや大事にしていたものなど)、を入れて釘を打つ。
その時に、昨晩書いた祖母への最後の手紙を祖母の頭の横に置き
‘おばあちゃん読んでね。’といって祖母に最後の挨拶をした。
そして、火葬場で祖母の骨が出てくるのを待った。

祖母の骨が出てきた。
そこには、たくさんの骨があった。こげた小銭もあった。
そして・・・・・・・・・・・・・
なんと私の書いた手紙が、灰にならず黒く焼け焦げただけで原型を留まって残っていたのだ!!!
何百度の中、骨まで溶かす中、私の手紙、たった便箋4枚の手紙が残っていたのだ!
母と一緒に骨を拾い、最後に私のその手紙を母と一緒に箸で拾って骨壷の一番上に載せた。
箸でつまんでも、崩れないほど原型を留めていた。

祖母は、私の手紙を天国まで大事に持っていってくれたのだ。

こうして、葬儀を終えて私たちは千葉の自宅へと帰宅した。
私は、2度ともう祖母のいた長野へ足を踏み入れることはない、いとこたちともおじたちとも話すことはないだろうと思った。

祖母の49日などに行かなくても、3回忌に行かなくても、私の心の中で祖母への感謝は忘れていない、15年以上たった今も祖母への思いは消えていない。
この気持ちは、形だけのセレモニーなんかよりもずっとずっと大切なことだと思う。
そして、祖母はいつも私のことを暖かく見守ってくれていると思う。
祖母の着物の懐には、たばこと爪楊枝、ハンカチ、そして私の最後の手紙が入っていることだろう。

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by mummy71 | 2007-11-21 07:36 | 祖母

車椅子に乗った小さくなった祖母を連れて看護婦さんに祖母の病室に案内してもらった。
そこは、4人部屋だった。
まず目に付いたのは、祖母のベットの脇にあった書置きだった。
‘孫が生まれたので、横浜の方にしばらく行きます。1週間ほど帰らないと思いますのであとのことはよろしくお願いします’という長男夫婦の書置きだった。
そこには、緊急連絡先も何も記してはいなかった。
祖母に何か起こったときはいったいどうなるのだろうか・・・
大体、嫁に行ったんだから向こうにも助けがあるのに1週間もいってる場合か。2人で行かなくてもおばさんだけ行けばいい話だ!
看護婦さんに
‘お見舞いに誰かきてるのでしょうか?’
と聞いたのだが、濁した返事だった。

祖母の病室には花も、Boxのティッシュもタオルすらもなかった。
そして、看護婦さんに
‘おばあちゃんにゼリーを食べさせてあげてくれる。いつもは私たちがやるんだけどね。おばあちゃん付添いさんがいるわけではないからなかなかこんなチャンスないから’と・・

よく自体が飲み込めず聞いてみたら、祖母は誰も看病に来てくれないので、朝昼晩の病院食の他、たまにおやつに看護婦さんの手が空いているとゼリーを食べさせてもらえる。
普通は、お見舞いの人(身内)や付添いさん(やとわれ)がするそうだ。
祖母は、もう水が飲めないのだ。気管に水が詰まると危険なので水分をゼリーでとっている。
それも、誰も看病になどきてくれないので、朝昼晩の3食の時に補うか、ラッキーなら看護婦さんの手が空いている時に補ってもらえる。
それも、普通は身内がゼリーやプリンなどを名前を書いて冷蔵庫に入れておき、それをおやつにするのだが、誰も祖母にはそんなことはしてくれない。
看護婦さんが、たまにくれるゼリーも退院していった患者の者だ。
私は看護婦さんにすぐに戻ると言い残し、すぐ病院の中のスーパーへ走った。
たくさんのゼリーとそして、プリンを買ってきた。

そして、祖母にゼリーを上げようとして私が見たものは・・・・
長男夫婦の娘が、学生時代に使ってた‘カンペン’にきたないスプーンが入っていた。
娘たちももう大きくなっている。カンペンなんて10年くらい昔に使っていたものだろう。
錆びて汚くなっている中に、汚いスプーンがほおりこんであるのだ。

私は怒りが込み上げてきた。悲しみではない。このときにはもう怒り以外にはなかった。
タオルもない、花もない、ティッシュもあるわけではない、これだけでもひどいと思っていたが、カンペンにスプーンとはどういうことなのだ!
孫は、長野に5人いる。長男夫婦の下の娘は看護婦をしている。
次男の孫は、一人は高校生、一人はもう就職している。そして、次男夫婦も病院から車で10分のところに住んでいる。
三男は、三行半を下して依頼祖母の見舞いすらこない。
鬼!あいつらは人間ではない!
もう私は、怒りで涙が止まらなかった。

すぐさま彼と病院の近くのデパートに行き、花、花瓶、タオル、ティッシュ、スプーン、スプーンケース、濡れティッシュなど、あったら便利なものを全て買い揃えた。
そして、病院に帰り祖母の面倒をみはじめた。
祖母の足をさすってあげた。
‘どなたかぞんじませんが、ありがとうございます。’
祖母は何度も何度もお礼を言った。
側で手を握り祖母と話をした。
‘どなたかぞんじませんが、やさしいかたですね。ありがてえな。この年寄りに・・・’
と礼をいった。
当時の彼も、自分が祖母に育てられていた境遇から(実家が農家だったので、親は朝から畑、田んぼに出ていた)一緒に泣いていた。
そして、私に旅行を中止にして、ここに宿をとり祖母の面倒を見れるだけ見よう。といってくれた。こうして、私たちは毎日祖母の病院に朝から通ったのだ。
しかし、私たちには4日間という時間しかなかった。
お盆に入っても、誰一人身内は祖母の見舞いにこなかった。

そして、最終日、3人の知らない人が祖母の見舞いにやってきた。
祖母と長男夫婦は立正佼成会という宗教団体に入っていた。そこからきた人たちだった。
わざわざ、千葉からきた私を誉めた。そして、叔父夫婦を誉めていた。その中に一言
‘いつもおじさん夫婦からたくさんのおふせをいただいてます。おばあちゃまにも、ご利益が届くはずです。’と私に言った。
その瞬間
‘何を言っているんですか?仏門だかなんだか知らないけど?自分の母親の面倒もみれない馬鹿息子が偉い分けないでしょう!あなたたちも献金してくれればいい人なの?その金が先祖代代の土地を、ボケたばあちゃんから勝手に取って売った金でも?
馬鹿じゃない?だから、くだらない宗教団体は嫌いなんだよ!仏様も情けなく思ってるよ。そんな宗教団体じゃ!帰ってください!’

と、怒鳴り散らして奴らを蹴り出した。
そんな、献金!先祖代代の土地を売ってした献金なんてそんなもの偉いもへったくれもあるか!本人たちも少しでも神や仏に献金すれば罪が薄くなるとでも思ってるのか。
本当に、馬鹿ったれどもだ!
生きてる母親に感謝も出来ない奴にご利益もくそもあるか!

腹が立って腹が立って仕方なかった。私は今も宗教団体が大嫌いだ!神や仏の存在は信じているが、あいつらのしていることはおかしいと思っている。

こうして、最後の日が過ぎていった。次の日の朝、新しい花を買い、祖母への差し入れもたくさん冷蔵庫に入れ、看護婦さんたちにお礼とこの先の面倒も兼ね、お菓子の差し入れもして後ろ髪を引かれながら病院を去っていった。
祖母は最後まで私のことがわからなかった。

今度、あの祖母の足を誰がさすってあげるんだろう。祖母はいつゼリーが食べられるのだろうかと考えながら千葉の途へついた。
帰宅して、すぐ母に状況を伝え母になるべく早く祖母に会いに行って看病して欲しいと頼んだ。

そして、母はやっと時間をつくりその約2ヵ月後に祖母に会いにいった。
看護婦さんの話ではもう祖母を病院に入れておくことはできないそうだ。
祖母はぼけながらも‘おらー家に帰りてーだー。頼むからかえしてけろー’と言っていたそうだ。
夜中にベットからも何度か脱走しようとして落ちて、寝るときは手足の自由を奪われていた。
母が、長男夫婦にとりあえず祖母を家に戻してあげて欲しい。その後のこと、私も主人に相談してできる限りのことはするから。
とりあえず、時間を少しくれと言って帰ってきた。
そして、それから数週間後、母の元に祖母の死の知らせが入ったのだ。

明日へ続く・・・・・

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by mummy71 | 2007-11-20 06:58 | 祖母

長男夫婦が、先祖代々の土地を売ったということでもちろん相続争いが、勃発した。
祖母は生きているが、その頃にはもう毎年恒例の私たちの家にも訪れなくなっていた。
それだけ、ボケもひどくなってきたのだ。
次男は、気が弱いのでさほど強気にでなかった。
実家からも歩ける距離に暮らしていた。
嫁の両親は、よく訪ねてきたようだが、そこの家も嫁が強かったので祖母には少し敷居が高かったようだ。
嫁同士もさほど仲が良いわけではない。
結局、彼は姉であるうちの母に、いつも愚痴をこぼすだけだった。

三男は一番末っ子、彼は黙っていなかった。
長男、自分の兄と、ものすごい喧嘩になり最後には三行半をつきつけもう2度と会わないといってきたのだ。
それは、祖母、自分の母にも会わないという残酷な発言でもあった。
ようは、金だ。金をとったんなら最後まで責任もってボケた母を面倒みろ!ということだろう。

なんと、心のない兄弟たちなんだろう。母は兄や弟と話をした。しかし、嫁の尻に引かれてる彼らに話など通じるわけがない。

やっと、時間を作り母は祖母に会いに行った。
ボケた自分の母親を見て母もかなりショックだった。
それ以上に、兄が嫁の尻に引かれ母に対しての仕打ちに目をつぶっているのがショックだった。
街灯のない真っ暗な畑道を、母も祖母と一緒に歩いて長男の家に朝晩と通った。
母は兄の嫁に
‘年寄りあの夜道は、少し足元が危なすぎやしないだろうか?冬は風呂に入ってあの道を歩いて帰ったら、その間に湯冷めをして、風邪をひくのではないだろうか?’と言ってみたが、ボケた母の住む母屋でガスが使えるのは危険すぎる、自分たちも仕事があるので24時間見ているわけには行かない。と言うのが彼女の言い分であった。
母はそれ以上何もいえなかった。

夕食も、大きな鍋に煮魚を煮てそれをテーブルの端によせて家族でつついて食べるそうだ。
小皿に盛るわけでもない・・・祖母には届かない祖母からは一番遠いい場所でみんなで食べているそうだ。
お腹がすいても、彼らの時間に合わせて食べない限りおやつもお茶もないそうだ。
母は、そんな祖母を見てただただ一緒に泣くだけだった。
一緒に千葉に帰ってくれれば、と何度も聞いたが、祖母はそれでも決して首を縦に振らなかった。
祖母にこれ以上辛い思いはさせたくないと、母は兄嫁には、ボケた自分の母の面倒を見てくれてることに感謝を述べ、長男である兄に母のことを頼むと言って帰ってくるしかなかった。
ここで、母が小姑になっては祖母がいじめられるのだ。
どんなに、母にとって辛く後ろ髪が引かれたことだろう。

こうして、こんな祖母の生活が2年半続いた。

そして、夏のある日長男からの電話で祖母が入院したと連絡が入った。
母は、すぐに長野に飛んだ。
就職して働いていた私は休みを取るわけにはいかず母の帰りを待った。
母が、戻ってきて泣いていた。
おばあちゃん、小さく小さくなっちゃった。あんなに、体の大きな人なのにね。ボケもひどくて私のこともよくわからないみたい。弟に会いたがってた。そして、死んだ自分の弟にも会いたがってた。‘
と言っていた。
そう、あの争いのあと三男は一度も顔を見せることがなかった。
そして、祖母には弟がいた。当時20歳で死んでしまった年の離れたかわいがっていた弟がいた。そんなのもう40年近くも前の話なのに・・・祖母はしきりに弟の名前を言っていたそうだ。

私は、当時付き合っていた彼と夏休みの旅行の計画をちょうど立てていた。
彼に話して旅行先を長野にしてもらった。
そして、祖母に会いに言ったのだ。
病院に着くとおばあちゃんの入院しているフロアーへ行き、車椅子にボケた汚らしい小さな老人を乗せた看護婦さんに祖母の名前を告げた。
‘あれ!おばーちゃんよかったにーお孫さんきてくれたって。わざわざ千葉から!’そう、元気でいつも私のことを‘やさしいこだにー’となでてくれていた祖母はいなかった。
そこには、本当に小さく小さくそして、髪も抜けてあまりなく入れ歯も入れてないくしゃくしゃの顔、ボケて汚い老人がいた。
これが、私のあの祖母の姿だった。
切なくて泣いた。祖母の手を握って泣いた。
大好きなおばあちゃん・・・・どうしてこんなことになったんだろう。
‘おばあちゃん○○だよ!’と名前を告げた。
‘○○は私の娘の子供の名前です。私の孫なんですよ。’
‘だから、○○だって。ここにいるのがそうだよ!’
‘そうですか、どなたさんかしりませんが、あのこはやさしいこなんですよ’
ボケて私のことがわからないのだ。
こうして、私は祖母と約3年振りの再開をした。
もっと早く会いにこなかったことを悔いた瞬間であった。
しかし、この後悔は母の兄と嫁への怒りへと変わるのも時間の問題ではなかった。

明日へ続く・・・

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by mummy71 | 2007-11-19 16:36 | 祖母